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新生ロシアの足跡

19911231日にソ連が崩壊してからもう17年が経ちました。ロシア人女性との国際結婚相談の歴史は、ソ連崩壊後のロシアの歴史と長さがほぼ同じです。私が直に見て知るロシア人女性は1995617日以降です。当時と今では何が同じで何が変わったのかを、以来私はずうっと見てきました。クライアントさんと面接をする度に思うのは、日本側のロシアに対する先入観が現実の変わり様に追いついていないことです。でもまあ無理もありません。ロシアの変化はあまりにも早く起こりました。週刊ダイヤモンド310日号に「地獄から天国への超特急」という見出し記事で現在のロシアが紹介されていましたが、その足跡を私自身の体験による言葉で綴ってみましょう。

1995年当時のロシアルーブル紙幣は数字の桁数は今と同じだったのですが、連邦国家崩壊に依る背景で、俗に言うハイパーインフレの世の中。1992年のインフレ率は2500%だったとのことです。

1995年当時、今はもう無きモスクワのインツーリストホテルで女性とカクテルを一杯づつ飲んだだけで100万ルーブルという請求書を貰ったことを覚えています。高いんだか安いんだかわかりゃしない(笑)。当然両替所では1万円、2万円両替をしただけで財布に入りきらない札束が手元に来たものでした。こんな時代は今と違い、ルーブルなど誰一人として欲しがる人はいませんでした。支払は勿論全て米ドルでした。

その後、10万ルーブル紙幣(http://www.h5.dion.ne.jp/~sanesu/saharin/ru-buru.html)や50万ルーブル紙幣が発行されて財布の厚みはスリムになりましたが、今度は1998年に通貨危機発生。この時ルーブルは対ドルで4分の1に切り下げられ、1ドル7ルーブルが28ルーブルへ。銀行破綻も起きました。この時代、私が出入りしていたのはサンクトペテルブルグです。クレジットカードが使えていたり使えていなかったり店によって事情が異なり、前回渡航時には使えたの次回には使えなくなっていたり、金融不安定さ丸出しでした。クレジット決済する時にサインする紙の上に見えていた名前の銀行 (Most Bank) も破綻で消えてしまいました。その銀行に勤めていた女性は当時貰っていた600ドルの月給が誇らしげでしたが、彼女も一瞬にして仕事を失いました。当時の預金者は当時預けていたお金を取り出すことなかったそうです。

 

やがてルーブル紙幣からゼロが3つ取れ、新紙幣(=現行紙幣)が発行されて混乱が段々収束に向かって行きましたが、ロシア人はこの時経験したことを今日も今尚忘れてはいないようです。結果として銀行と紙幣への執拗な不信感が植え付けられ、貰ったり稼いだ紙幣は早くモノに変えてしまわないと...という常なる焦りを生むことになってしまいました。

今日の富裕層でさえもそれは同じようで、使えるうちに使ってしまわないと使えなくなってしまうと思うのだそうです。これが今日のロシア人による豪快な金遣いという形になって表れているのでしょう。

 

90年代の渡航者達は当時ロシアで起こっていたことを対岸の火事のように見ながら、またある者は笑いながら(失礼な話だ)よく語っていました。では、現在の我々の足元はどうなのでしょうか。既に経済破綻しているに等しい国家財政、ロシアを含む世界バブル崩壊の波に飲まれる危機など、我々の方がもっと将来への準備に忙しいのではないでしょうか。まだ記憶に新しい当時のロシアに学ぶところが私は多いと思います。

ロシア 東欧 カザフスタン 国際結婚相談 Harmony 運営者

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