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謙遜も度が過ぎると…

今日までの問い合わせメールの中で、自身に対してこんな気になる言い方をされた方がいました。

 

●私は背も高くなく、イケメンでもありません。

●私のようなものでも相手にしてもらえるかどうか…

 

いくら日本人が謙遜を美徳とする人々であっても、まだ面識のない相手が、こういう表現をするメールの主に是非会いたいと思うだろうか。これをよく考えてもらいたいと思います。以前、「人生のパートナーを獲得することは企業に面接に出向く時の留意事項と何ら変わりはないですよ。」と申し上げました。

企業の採用活動では、採用担当者は志願者が如何に自社に入りたい意思が強固で、その理由を論理的に説明出来るか、その熱意にまず着眼しています。採用面接の場で、「自分はこれと言って何の取り柄があるわけでもありません。学生時代成績が良かったわけでもなく、また趣味もこれと言ったものはなく、家でテレビを見てゴロゴロしているだけです。」という人物に内定が出されると思いますか?上記の表現はこれに相当するような表現です。問い合わせメールは我々に宛てられたもので女性が読むわけではありませんが、女性に会う前にまず、我々にサポートし甲斐のあるモチベーションを奪うような表現をされること自体が正しくありません。我々が好感触を持つ男性を現地に紹介する時は、その人物像を思い浮かべて熱を入れるわけです。こういう表現は、端から気持が投げやりで、「ちょっとどうかと思って聞いてみただけさ。」という声がきこえてきそうな印象を受けます。つまり、我々側がサポートをしようというモチベーションを誘発される表現ではないということです。こういう言い方をされる方は、この段階で既に悪い結果の半分以上を出してしまっています。成功の女神をわざわざ自分で追い払ってしまっています。

成功する人のマインドは違います。彼等は、何が何でも絶対に目的を達成するぞという強固な意志をもって事に臨みます。頭の中には成功後の絵はあっても、失敗のイメージなどは欠片もありません。成功イメージングが非常に強い人は、「失敗って自分とは関係ない。自分にはあり得ない。」と真剣に思っているものです。

どうしても謙りを含んだ表現にしたい時は、「特にイケメンというわけではありませんが、自分の女性を大事にする力は、多分私の方が彼等より上だと思います。」位の結びにして欲しいと思います。そうでないと読み手はその先を読んで行こうという気持ちが失せるのを覚えるのです。これが正直な気持ちなのです。あくまで強く、明るく、そして前向きな姿勢を見せる人でないと男性であろうと女性であろうと誰も近寄ってきてはくれませんよ。いつも言うように傲慢は論外ですが、何でも謙れば良いと言うものではありません。謙遜もあまり度が過ぎると、その延長線上に「卑屈」が見え隠れするのです。注意して下さい。

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